もう8月ですかあ。今年ももうすぐ終わりですね、、、なんていいたくなるような早さ。しかも仕事で今企画を考えたりしているのは11月とか12月のことです。。。
8月になったにもかかわらず、今年はセミの鳴き声をあんまり聞いてないなあ、と思いました。もしかして、余裕がなくて耳に入ってないだけ? 西日本で幼少期を過ごしたので、アブラゼミとかクマゼミとかの「うるさーいっ」といいたくなるような鳴き声を夏ごとに聞いてまいりました。祖母がいた瀬戸内海の小島に帰省したときは木の枝中にセミがいるような光景も目にしました。故郷を捨て西日本から離れて早18年、温暖化が進んだといわれますが、西日本のセミさんたちはお元気なんでしょうか。さらにパワーアップしているのでしょうか。それとも暑すぎてへばっているのでしょうか。
今年はまだスコーンと抜けた夏空を数日しか見ていないような気がします。4連休も晴れてたら出かけたかも(<まだ言うてる)。別に農業とか観光業をやっているわけではないですが、8月には晴れる日がたくさんあってほしいです。
そしてみなさま、首都圏や関西圏の暑さにどうしようもなくなったら、ぜひ信州へおこしください。
先週末の菅平高原での日焼けが悪化。おでこと鼻の皮がポロポロとむけてきました。いい年こいて日焼けしたらいけませんなあ。一番酷いのが唇。ちょっぴりはれていて痛いです。ああ。
先週日曜日は中学サッカーの付き添いで菅平高原へ。標高1500m↑ですから涼しい、というより寒いです。おまけに雨も降っていて、風がありましたから、子どもたちはベンチコート着用。でも夏はほんとにいいですよ。車で30〜40分くらいでこんな環境に触れられるのも信州のいいところでしょう。
ただいま室内の気温29度。暑っ。でもね、外に出たら涼しい風がそよそよと吹いておりますよ。風通しのいい日陰ならもっと涼しい。信州の夏のいいところは30度以上ある真夏の真昼間でも日陰に入るとすごく涼しいことです。もう関西へは帰れないかもしれません(夏は)。
長野県でもあちこちで渋滞していたようです。うちはETCも付けそびれたのでしなの鉄道にでも乗っておでかけしようかと思っております。ETC限定の割引はどう考えてもアンフェアだと思いますけど、お役人の天下り&自動車+クレジットカード業界が作った財団法人にお金が流れ込む仕組みを確立したいんでしょうね。我が家ではとりあえずほとぼりが冷めるまではETCは付けません。車載器だって5000円くらいだったアンテナ一体型が25000円とかになってます。増産→だぶつき→叩き売り になることは明らかなので当面見送り。
昨日は昼頃から粉雪が舞い、午後大きな雪になり、夜にかけて大雪に。粉雪を見ると「こ〜な〜♪ゆき〜♪」って頭の中で。。。その雪も今はもう跡形もなく融けてしまいました。これからはもう最低気温が氷点下になることも少ないだろうから、積もった雪をみることもないかもしれません。
今朝の気温はマイナス5度。夜中に降った雪がさらさらのままで道路に残っています。その下に氷があったりするとさあたいへん。不用意に走ると車がつるつるとすべることになります。だからこういう日はいつもにまして安全運転をしないといけません。以上、遅刻の理由でした。
NTT東日本からメールが届く。NTTを騙るやばいメールかと思いきや本物でした。フレッツ光+ひかり電話のサービスが私の住んでいるところでも来年1月から利用できるそうです。そういや利用したいってNTTのWebサイトに書いたっけ。昔は家で仕事していたから光が入ったら導入しようと思っていたけど、今はCATVのネットで満足しているので光にすることもない。どうしよう。検討します>NTTさん。
おうち大好きなので、本当は家にいたいのですが、ここんところ週末はずっと外出でした。今日は珍しく一日中家にいて、本を読んだり、昼寝をしたり、テレビでサッカーを見たりと、ゆっくり過ごすことができました。まあ、あと一週間かそこらで寝正月が始まるわけですが。というわけで、いまんとこ関西帰省はしない予定でおります。
ここ二日ほど、朝出かけようとすると車のフロントガラスが凍っていて5分ほど足止めされた。だから朝起きると二階の窓から駐車スペースを覗いて氷があるかどうかを確認することにした(ガレージは当然屋根なし)。今朝は雨模様で気温も高かったようで、凍っていなかった。アイドリングして融かすのは環境によろしくないからシートをかぶせればいいのだけれど、そんなずくはありません。。。
話はぜんぜん違うけど、お仕事がテンパってくるとPCの反応の鈍さやFEP(って言うのか今でも)のお馬鹿加減が数千倍に増大されたように感じる。Firefoxのタブを閉じるだけで1分くらいかかるのはやめてほしいです。メモリが足りないのか。
昨日は愚息を連れて上田市街地へ。ヤマダ電機のポイントでCDを買って、ジャスコ上田でスタバして帰るという模範的?消費者生活。んで、ジャスコの駐車場から出るときに大渋滞に巻き込まれました。大渋滞といっても10分くらいで出られるんだけど、イライラしますね。クルマが詰まって進まない、という状況にほとんど合わないので。田舎に住むとゆったり暮らせて人間が丸くなるように思いますが、逆に耐性が下がってきて短気になっているような気もします。
秋も深まり、落ち葉の季節になってまいりました。
日照時間なのか気温なのか、理由はわかりませんが(今日はとても寒いです)、
我が家の庭(山)のクヌギも昨日から今日にかけて一斉に葉を落とし、
ベランダ及び駐車スペースは落ち葉で一杯です。
鹿肉をいただきました。どうやって食べるの?と思いつつ、シンプルにソテー。よーく焼いたつもりでも、やっぱり臭みがありますね。臭いには香辛料だ!と鹿カレー。これは普通にいけます。でもブロックでどっさりいただいたのでどうしたもんかと思っていると嫁が赤ワインにつけてローリエとかも入れてシチューを作り始めました。煮込み料理が合うのかなあ。
今日はよく晴れていて、最高気温29℃の予報が出ております。でもまあ湿気がないので爽やかではあります。暑さへの耐性が年々失われているから、もうこの時期の大阪には帰れないですね。怖いもの見たさで帰ってみたい気もしますが。
今にも雨が降りそうな空模様です。この時期に曇ると、しばらく前にしまったコタツがちょっぴり恋しいくらい肌寒くなります。梅雨の時期くらいまでコタツをしまわないというのもわかるような気がします。
久しぶりの大雪(当地比)です。日曜日は雪かき×3。15cmくらい積もったところでかいたら、またすぐ同じくらいつもってしまいました。昼過ぎにはやむと天気予報では言っていたのに。
今朝はまだ道路にも雪が残っていて、軽自動車が横を向いて止まっていたり、道の中央にバンパーが落ちていたり、いろんなところで事故が起きていたようです。
朝から降っていた雨が雪に変わりました。
一面の銀世界に音もなく雪が降り積む様というのは幻想的です。寒いけど。
寒いからどっかに出かけようかな。
難しげなタイトルをつけましたが、最近思ったことを書きまする。
子どもがいると入学式やら何やらの式典によく出ることになるわけですが、この辺りが田舎だからか、僕が育ったところがいい加減なのか、あいさつをする人(校長先生とか)がめちゃくちゃ丁寧に登場するのです。
どういう事かというと、卒業式だったらまず来賓に向かって礼、教員席に礼、生徒の方に向かって礼、壇上に上がったところで舞台正面(国旗?)に向かって礼、演壇に着いたら礼、と礼がとても多い(と僕は感じる)のです。これは普通なんでしょうか?文化祭とかで壇上で発表する生徒も同じ事をするんですけど。僕の時は記憶を辿ると、校長先生だって、その場で立って礼、すたすたと壇上に昇って演壇に着いたらこちらに向かって礼、みたいなかんじだったような気がするのですが。 まあきっちりしていて気持ちいいですけどね。
一方で、公(おおやけ)という意識はちょっと希薄な気がします。そのへんはまた明日。
馬鹿話につづいては季節の話題をば。
明日の朝の最低気温は11℃の予想です。涼しくというより寒くなってきました。すでに半月ほど前から寝るときには毛布が登場しています。この後、焦点となるのはいつストーブを点けるのか、いつ床暖房をオンにするのか。灯油の値段が気になってきました。早めにタンクを満タンにしておくのがいいかな。
今朝、毎度お馴染みの放送がかかりました。またなんか催し物かいなと聞いてみると、
「猿が発見されましたので戸締まり等々ご注意ください」
とな。家の中に入った形跡もあるらしいです。軽井沢には沢山猿がいますからここらに流れてきても全然不思議ではありません。この辺の山にも住み着いてるのかな? しかし、今は秋だから山には食べ物がたくさんあるだろうに。。。
とにかく、今日の放送はGJです。回覧なんかじゃ間に合いませんからね。もし発見できたら写真を載せますので乞ご期待。
ペルセウス座流星群はご覧になりましたか? 今年は新月で条件がよかったようなのですが、私は見逃しました、、、というか起きてられませんでした。
ここいらは空に近いので(ちょっとだけ^^;)星がきれいです。光が少ないからか空気が澄んでいるからか、当然数も多くて、家の前に出て目を慣らすだけでたくさんの星を見ることができます。信州の、特に高原に来たら、夜は外に出ないともったいないですよ。
され、今回の流星群は見逃しましたが、数年前、山奥にキャンプ行ったとき、満天の星を縫うようにして走る流れ星をたくさん観ました。一時間に三、四個は観られたと記憶しています。流れ星を観るのは初めてだったのでとても感動しました。あのとき、田舎じゃあ流れ星ががんがん観れるんだ、とおもったけど、ひょっとしてあれも流星群の活動だったのかな。
いい具合に雨が降って、そのあと晴れて、みたいなお天気だったので草木の成長がものすごいことになってます。数日前に畑の前を通ったら、草っぱらかと思うくらいになっているではありませんか。我が家の畑はもちろん無農薬で有機肥料を施しているので雑草もすくすくと育つのです(<ずぼらなだけや)。んなわけで草刈りへ出動しました。胸くらいまでの高さの雑草を草刈り機でばんばん刈っていきます。一時間くらいでへとへとになって終了。メンテはこまめにしないとダメですね。
まだ最低気温がマイナスの日もありますが、まあ大丈夫だろうということでタイヤ交換。工賃は3150円。これもまた寒いところに住むための必要経費であります。確かに自分でやれば只なんですけど、トルクレンチとかちゃんとしたジャッキとかがいりますし、空気圧もチェックしてくれるから、カーショップでお願いすることにしています。
追記:現在(4月4日15時30分)、えらい勢いで雪が降っております。。。
今朝は落雷の音で目が覚めました。喪黒福造並みの「どぉぉぉ〜〜ん」という音でした。ここは標高はそんなに高くないけど、やっぱり平地とは違いますね。ほんとに近くで雷が発生しているのがわかります。前にも書いたかもしれませんが、雷が鳴る前に「パチン」という音が聞こえたことがあるんですよ。「パチン、どっかああ〜〜ん」みたいに。そんときは家電製品が軒並みやられました。
そんな激しい天候が嘘のように今はさわやかに晴れ上がっています。この空気の澄み具合も山ならではです。
今日はちょっと肌寒いけれどよい天気で、縁側で昼寝でもしたいかんじです。でも我が家には縁側はありません。皆さんの家に縁側はありますか?(ありますかシリーズです(笑))
私は物心ついたときから縁側のある家には住んだことがありません。これはたぶん生まれたときから核家族で、核家族が暮らすコミュニティにすんできたからだと思います。
縁側っていいですよね。外でもなく内でもなく、ひなたぼっこできたり、野良猫がよってきたり。今風の家でいうとベランダがそれに当たるような気もしますが、やはり違います。うちはベランダを無理矢理大きくしたので四畳半ぐらいあります。でも縁側とは違うのです。ベランダはあくまでも家の中、一方縁側は外との接点であり近所の人が訪れて、まあお茶でもと上がり込むところです。
敷地にはいると玄関より縁側の方が先にあるところもありますよね。でもそこがオープンなところかといえばそうではありません。おそらくそこに訪れるのはコミュニティの中の人がほとんどで、余所者はあまりやってこないでしょう。言い換えれば、縁側のある家はコミュニティに開かれた場所であり、かつそのコミュニティは外部から見れば閉ざされた存在であるといえます。ベランダのある家は家自体は開かれていないけれど、所属するコミュニティは(あるとすれば)外界にも開かれているのです。
人々の流動性が増し、どこでも好きに移り住めるようになって、縁側は失われていった(いく)ものなんでしょう。濃い人間関係の中であっても縁側でひなたぼっこをするか、匿名性を保持しながらベランダでタバコを吸うか、どっちを選ぶのか。後者がこれからも広がっていくことは間違いないと思いますが、縁側の風景も残ってほしいなと思います。
うちの嫁さんはいろんなものを見ます。別にそれは魑魅魍魎の類ではなくて、うちの住宅地の中で「猿を見た」「狐を見た」といっているのです。まあ、雉子と狐は僕も見たんだけど、猿は眉唾だと思っています^^; 近所にちょっとお猿さんに似た子がいて、たぶんその子だよ、というと、「ちがう、だってお尻が真っ赤だったもん」「それは赤い半ズボンだろ」、、、。それで今回は猪です。昨日の晩、千曲川左岸を走る二車線の道路を、うり坊が五、六匹、トコトコと横断していたんだとか。ほんとかなあ。
気がつけば浅間山が真っ白に雪化粧しています(曇っているので写真はまた今度)。そろそろタイヤを冬用に替える時期がやってきました。いま使っている冬用タイヤは三シーズン目なので来冬は新調しないといけません。ご存じない方のために書いておくと、冬用のタイヤはゴムの弾力によって制動力を得ているので、すり減っていなくても、弾力が失われると効果がなくなります。よって、できれば二シーズン、頑張っても三シーズンで替えた方が身のためだと^^;言われています。
土曜日は息子の運動会でした。ここらへんでは毎年9月の最終週に運動会があります。そして、どっかで前にも書いたかもしれませんが、僕が子どものときに体験した運動会とはちょっと違っているところがあるのです。
ひとつは前日に場所取りすること。トラックの周りに保護者スペースがあって前日にお花見みたいに場所を確保するのです。僕たちは夫婦だけなので(今年は岳母も観戦)、毎年場所取りもせずに当日折りたたみイス持参でのこのこやってくるのですが、おじいちゃん、おばあちゃん、それから親戚関係にある家が固まって見たり、お昼を食べたりするにはそういうことも必要なのでしょう。
もうひとつはお昼ご飯を親子で食べること。僕らのときは運動会の日も給食だったと思います。親が来られないとか、いないとか、そう言う子どもへの配慮かと思います。関係ないですが最近は父親参観とか言わずに土曜参観とか日曜参観と言うらしいですね。こっちでは祖父母参観というのがあって息子は「じいちゃんばあちゃんが来ないのはうちだけだ」と言っていました。
閑話休題。
僕は場所取りはどうかと思いますが、親とご飯を食べるのはいいんじゃないかと思います。お父さんお母さんが来られない子どもは寂しいだろうけど、それでも人生は続いていくのだから(意味不明)。
息子が出走、もとい出場した種目は徒競走、騎馬戦、大玉送り。種目は30年前とあんまりかわっていないようです。ちなみにかけっこは全員が走ります。選抜された子ども(各学年クラスから2名)によるリレーもあります。
先週、23日から24日にかけて全国の広い地域で雪がたくさん降ったようです。私は24日に長野市まで出かけたのですが、50cm以上でしょうか、かなりの積雪で車の運転にも気を遣いました。私の住んでいるところはそれほど雪の降らない地域ですから、夜に帰ってきたときには道路の雪はほとんど融けてしまっていました。
とはいえ、毎年1月から3月にかけては何度も雪かきをしなくてはいけません。雪というものに対して、東京や大阪に住んでいるときは、美しいとか風流だとか、そういうありふれた考えしか持っていませんでしたが、少しではあっても毎年雪が降り積もるところに住んでみると何だか変な気分にさせられます。いくら雪かきをしても次から次へと降ってきて、また雪かきをしなくてはいけないのです。
豪雪地帯の人から見れば、ちゃんちゃらおかしいくらいの積雪です。それでも私は雪かきをしているとき、岩を押し上げるシジフォスのような気分になります。ある哲学者は「幸福と不条理は双子のようなもの」と言いました。「シジフォスはすべてをよしと判断している」「彼は幸福なのだ」とも。
Iターンするということは、生まれついた場所でもなく、会社に命じられた場所でもなく、自分から選んだ場所に住み着くということです。雪かきをしているときに幸福だとは思いませんが、すべてをまるごと受け容れてその土地に暮らすという気持ちは必要であると思っています。
こちらに移り住んで間もないときに「祭典委員」という仕事を仰せつかりました。各集落(地区)にはそれぞれ神社があって、それにまつわる雑務を行うのです。具体的には、お社の清掃、お札の頒布、寄付の集金などなど。4月には新小学一年生を集めてお祓いをやったりもします。こういうのって無駄なことだと思いますか?
いわゆる農村ではお米や野菜を作って生計を立てています。お天道様と相談しつつ種まきや収穫の時期を決めていくのですが、それでも、突然霜が降りて作物がダメになったり、台風がやってきて収穫直前の稲を倒していったりすることがあります。
そういう自然の力を「神様」として、豊作の年には感謝をし、不作の年にはお祓いをする。科学技術の発達で天候をある程度まで予測できるようになったにせよ、人間の力ではどうしようもないことがあるのを肌で感じているから、多くの人が勤めに出るようになった現在でも信仰が続いているのです。そして住民が氏子としての仕事を受け持つのも当然であると。
古い集落に都会の人が飛び込んでいくと仕来りやら何やらで面食らうこともあるでしょうが、頭から拒絶するのではなく、まず理解しようとすること、それから直すべきところは話し合えばいいのでは。Iターンして人間関係で失敗する人は、都会でも人間関係がうまくいっていなかった人ではないのかあ。
今朝は久しぶりに家の回りを散歩しました。道には落ち葉がかなり落ちています。もうそんな季節になったんですね。我が家の庭(山)にはクヌギの木が5,6本あって、これから庭(山)全体が落ち葉に覆われます。落ち葉を集めてたき火をしたりするのもまた一興。その残りをかき集めてひとところに積んでおくと次の年には立派な腐葉土ができあがります。それを肥料に畑をこしらえて、、、と自然というのはほんとうによくできていますね。
最近のコメント